天女を娶る~海乱鬼焼船の章~116

天女を娶る~海乱鬼焼船の章~116





中堅戦が始まる時、大護軍が大きく息を吐いたのが目に入る
少し…髪が乱れている様な気もするが…この場にずっと居なかった自分には伺い知れぬ事で…背中を嫌な汗が流れる

大護軍は、その心中をなかなかその表情に出さぬと定評がある。

故に、そう言う細かい事が妙に気になり…中堅戦どころでは無かった。
気が付くと勝敗が決した太鼓を耳にし、はっとした

そして、副将戦が始まって直ぐ。
本当に直ぐにその出来事はあった

禁軍の鷹揚軍副隊長のドイルとウダルチ隊のビョンハと言う隊員の組手であったが、剣と剣を打ち合う前にその出来事が起こる
あろう事か、鷹揚軍副隊長の剣先がウダルチ隊員の血を吸ったのだ。

此処から、自分の回りの空気がガラッと変わる

皆、思う事は一緒だ…
この場に居て、鋭い眼光を光らせている大護軍の許嫁と暫く前に噂のあった侍医の腕前を篤と見ようとその女の登場を待つ

王様も、我らの思いを酌んでこの場での処置を御所望になり…大護軍に侍医を闘技場内に入れる様にウダルチテジャンに指示をさせた
大護軍はその命に全く背く事無く、テジャンへ何の躊躇も無く指示した

噂通り、大護軍の侍医への感情は既に冷めてしまったと見ても良いのか…
侍医が闘技場内に入る前に何度か転びそうになっていたと言うのに表情をピクリとも動かさぬ。

王とのやり取り、高官共の野次を傍で聞いても…表情は変えぬ。

怖ろしく、読めぬ男で。

その様子も他の高官にとっては興味のあった事であったが、大護軍の様子を見るに、あの噂は真の事であったのだと思えるほどに、大護軍の表情は侍医の事柄で変わる事は無かった…

その内に、侍医の処置が皆の居る前で始まる

典医寺の医員達により、止血をされ、見た事の無い様な器具がその患者の側に置かれた
王様がその様子をじっくり見る事が出来るよう…患者は我らが座る方に背を向け、侍医は此方に向かって顔を晒す様に座った

手元は流石に遠目になる故…それでも、その手が動く様、その器具を使う様は見る事が出来た。

見た事も無い様な処置
しかも、その手際は恐ろしく早く…あっという間に傷を縫い合わせてしまった

当て布がされ包帯が巻かれ、処置が終わる

その女は、自分に罵声を浴びせかけた高官に一言言うと、流石にその高官は次の文句を続ける事が出来ず…それはそれでいい見せ物であった。
しかも、この場の雰囲気がガラリと変わり、高官共がどうやってその女を自分の方へ引き入れようかと思案している事を悟り、そんな物には乗らぬと言い放った。

金なんぞ要らぬと。

誰の手駒にもならぬと、王へ直々に云って退けるだけの度胸…
見ていてその言いっぷりが何とも、清々しい程で。

女は、必要な所に必要な治療をする為に侍医になったのだと言った

その感覚は…余りこの皇宮には似つかわしくない物の様に自分の目には映る
そんな理想を振り撒いた所で、此処では押し潰されるのが関の山だ

それだったら…やはり女は攫い、我らの力としてしまえば良い。
その方が、余程…この女の言う必要な場所への必要な治療が出来ると言う物。

そして、また…休憩を挟み、武閣氏による演武と大将戦を終えればこの組手は終了する。

我ら高官も、この休憩時間…先程の部屋へ赴く事になった
周りの高官共が動き出した故、自分も立ち上がり宛がわれた部屋へ向かう
大護軍とプジャンが何事か話しており…プジャンの申し出を大護軍が首を横に振って断っている様だ。

高官共の波の中程に自分の身を沈め動いていると、それ以上…大護軍の方を見ている訳にはいかず…
仕方なく前を向き歩く。

曲がり角に差し掛かり…自分もその曲がり角を曲がり、部屋の方へ向かう

部屋へ到着すると、高官共は次の大将戦の話より女の話で盛り上がる

先程の侍医の容姿の事と、武閣氏による演武の事だ。

武閣氏がいつもの揃いの着物では無く、演武用の着物に着替え演武を行う
武閣氏は基本良家の娘が多く、しかも武術で鍛え上げた身体は締まり…女らしい身体の流線を強調する

美しく、柔らかそうな女達の演武は、武術を舞う形にして披露していると言うのに…妙に艶めかしく

男共の妄想を掻き立て、今もこの場でかなり興奮状態の色気狂いが居て…
正直、そんな話を聞いている事が嫌になり…さっさと先程の文の戻りを確かめに行く。

女共の体位が如何の、身体の線が如何のと言っている男共は、自分がその部屋を抜け出た事にさえ気づく事無く…今も尚、そう言う話をし続けている

先程、繋ぎに文を渡す為に入れたその柱へ一人、向かう。

後ろには人気は無い…
庭にも…横の廊下にも居らぬ。
それを確認して…その柱の虚の様な穴に手を差し込む

小さな紙が入っており、その紙を開く

開けて驚いたのは…その文の内容だった

『この場所は既に知られて居る。』
一番最初にこの文字が見えた

焦って直ぐに絶対に人が居られない壁の方へ身体ごと動き…顔を見られない様にする
見られているなら…恐らく既に遅いかもしれぬが…

文はまだ続く

『だが、焦って逃げれば捕まるか…斬られると思え…』
そんな恐ろしい言葉が続く

まだ自分は此処で終わりたくはない…

そんな自分にその文はまだ、命令する

『死にたくなければ、言う通りにせよ。今回の作戦はこのまま続行する』
[続行]と言う言葉が付いた文は、もう自分が後には引けない事を物語る

恐らく、誰かに顔を見られた自分。
誰かに見られた…繋ぎ…

自分のこの地位はこの組手が終えれば終わると言う確信。
その誰かが…後ろに居るんだろうと言う事

自分の背中に汗が滝の様に流れ始める

今朝、此処に来る時に腹は決めてから来た筈だ。

後悔は…一番最初に捨てた

進むだけ…
決まった事、決めた事をただ、淡々と自分のすべき事をするだけだ







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by 2540hnnhk | 2017-08-27 14:49 | 天女を娶る | Comments(0)

「信義~シンイ~」に魅せられてその後のお話を綴っています。イラストも描きたい物を描いています


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